とかち鹿追ジオパーク - 記事一覧
発行日時 | 見出し |
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2023.12.17 |
ジオパーク的写真映えスポット 然別湖のフロストフラワー
然別湖は毎年全面結氷し、その湖上では、1月末から3月初旬にかけて雪や氷でつくられた多数のイグルーが立ち並ぶ、しかりべつ湖コタンが開催されます。しかりべつ湖コタンの造形は毎年とても美しく、何よりの写真映えスポットなのですが、今回は足元に現れるかも知れない自然の造形をご紹介します。 フロストフラワーは、凍った湖や川の上に形成される霜の結晶です。経験的には、新しくできた湖氷や海氷の上で、氷点下15℃以下に冷えた、風の弱い日に形成されることが知られています。然別湖は、周囲を山に囲まれて冷気が溜まりやすいこともあり、しばしばこの条件を満たします。
本投稿は広報しかおい2022年2月号掲載「ジオパーク的写真映えスポット 然別湖のフロストフラワー」を再構成したものです。
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2022.01.12 |
お湯花火の原理
よく冷えた寒い日に、空中に熱湯をまくと、氷の湯気が出来る「お湯花火」という遊びがあります。お湯をまいた途端に氷の湯気となり、液体のお湯はほとんど地面に落ちてきません。経験的には-25℃くらいまで下がるとお湯花火が出来ます。
また、北海道でも、お湯花火が出来るくらい冷え込むことがあります。
このお湯花火はどういう原理なのでしょうか? 熱湯を空中にまくと蒸発していきます。空気は冷たいほど、空気中に保つことができる水蒸気の量(専門的な言葉で飽和水蒸気量といいます)が少なくなります。お湯花火ができるような低温の空気は、飽和水蒸気量が極端に小さく、お湯から蒸発した水蒸気が一瞬で空気中に保つことが出来る量を超えた状態(専門的な言葉で「過飽和」といいます)になり、周囲の気温が低いため氷晶となって出てくるのです。(正確には氷晶のほか、過冷却された水滴による湯気もでてきます) お湯花火を成功させるコツは3つあります。 よくある間違いに、お湯花火をムペンバ現象・ムペンバ効果のため、と説明している例があります。 金森晶作(とかち鹿追ジオパーク 環境科学専門員/ 第60次南極地域観測隊 越冬隊員)
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2021.12.02 |
ジオパーク的写真映えスポット番外編 六華の雪結晶
とかち鹿追ジオパークのロゴマークは雪の結晶の形をしています。このデザインはジオパークのテーマである凍れをイメージしたものです。全国のジオパークのロゴマークを見てみると、地形や地質を元にデザインされているものが多数です。その中で雪のデザインはユニークで、また、鹿追の特徴をよく表しています。 さて、今回の写真映えスポットは、場所ではなく、タイミングを紹介する番外編です。題材はずばり、とかち鹿追ジオパークのロゴマークのような雪結晶です。雪結晶の分類では樹枝六華と呼ばれます。サイズは直径1~3mm程度のものがよく見られますが、時には10mm近くになることもあります。雪の結晶形は、結晶が成長する上空の温度と水蒸気の状況で決まります。樹枝六花は上空の気温が氷点下15℃前後で、水蒸気が多いときによく現れます。上空を調べるのは難しいですが、地表の気温が氷点下5℃程度まで下がったときがチャンスです。もうひとつ大切なのは、風が弱いことです。風が静かで、雪がふんわり降りてくる日は結晶が壊れずに舞い降りてきます。
写真は、色の濃い下地があると形がわかりやすくなります。黒い布なので雪を受けるなら、融けないよう外でよく冷やしておくとよいです。コートの上や手すりなどに積もったものも狙い目です。しんしんと雪が降る日、ぜひ撮影に挑戦してみてください。 本投稿は広報しかおい2021年12月号掲載「ジオパーク的写真映えスポット 番外編 六華の雪結晶」を再構成したものです。 |
2021.10.25 |
ジオパーク的写真映えスポット 冠雪の鹿追最高峰を望む
鹿追町で一番高い山は、北の端、上士幌町との境界にあるウペペサンケ山です。頂上付近の稜線は東西2キロ近くあり、鹿追からは奥深くに屏風のように広がります。標高は1800メートルを超えていて、手前に見える然別湖周辺の山々よりも500メートル程高い計算になります。しかしながら、鹿追の平野部からみると、ウペペサンケ山の方が遠く、奥に位置しているので、然別湖周辺の山よりもやや低い高さに見えます。
実は高さが違うことをはっきり示してくれるのが、冬のはじめの積雪です。手前の山が冠雪する前に、奥のウペペサンケ山が冠雪します。高い山は気温が低いので、雨ではなくて雪となりやすく、積もった後も融けにくいのです。また、ウペペサンケ山の山頂付近は森林限界を超える高さで樹木が少ないので、その白さが際立ちます。一面が白い本格的な冬の前に楽しめる、ひと時のコントラストです。 ウペペサンケ山まで見通しやすいのは、鹿追から笹川にかけてのエリアです。これからの時期、晴れた日にぜひ北の方へ目を向けてみてください。 本投稿は広報しかおい2021年11月号掲載「ジオパーク的写真映えスポット 冠雪の鹿追最高峰を望む」を再構成したものです。 |
2021.10.11 |
ジオパーク的写真映えスポット 西ヌプカウシヌプリ登山道
今回は登山好きの方向けのご紹介です。然別湖周辺には登山道が整備された山がいくつかありますが、その中で秋の登山におすすめなのが西ヌプカウシヌプリ山です。写真映えするのは、まず、その眺望。登山道が十勝平野の側についているので、裾野へと移ろう紅葉の様子を見ることが出来ます。 木々の葉が落ちた斜面で、白い樹皮のダケカンバがむき出しとなり、山肌に白い模様が浮かぶのも美しいものです。 また、山頂部からは西方には冠雪時期の十勝連峰を望むことが出来ます。 ジオパーク的な見どころは、岩がゴロゴロと広がる岩塊斜面です。西ヌプカウシヌプリ山をはじめとする然別火山群は、溶岩ドームというタイプの火山です。西ヌプカウシヌプリ山頂下の登山道は崩れた溶岩がむき出しとなった斜面にあります。岩の隙間は冷気を溜めやすく、夏の間には冷たい風が吹き出す風穴となっている場所もあります。その冷涼な環境から、大雪山ではより高い標高の場所でよくみられるような高山植物やコケが見られたりもします。 夏山登山シーズンの締めくくりにいかがでしょうか。 ※岩場では、植物を踏まないよう特に気をつけましょう。高山植物は踏圧に弱く、植生の回復に何年もかかります。 関連サイト 本投稿は広報しかおい2021年10月号掲載「ジオパーク的写真映えスポット 西ヌプカウシヌプリ山登山道」を再構成したものです。 |
2021.08.26 |
鹿追とジオパークを語る! 若者、移住者、笹川のやばいばあちゃんの座談会
鹿追町の広報誌「広報しかおい」ジオパーク特集として、様々な立場から地域づくりの活動に関わる皆さんの交流の座談会を行いました。(座談会開催日:2021年7月、広報しかおい2021年9月号掲載記事をウェブ用に再構成)
三反﨑 里香(みたざき りか)
鳰 彰子(にお あきこ)
南部 真奈(なんぶ まな)
阿久澤 小夜里(あくざわ さより) いつ、なぜ鹿追に?鳰 私は鹿追で生まれ、鹿追で育ちました。鹿追で結婚し、そして鹿追で死んでいきます(笑)。後期高齢者の75歳です。 三反﨑 私は平成9年に名古屋から鹿追町の瓜幕に移住してきました。移住のきっかけは、夫の就職です。夫となる人が4月に移住、私は8月に鹿追にやってきて、9月に結婚しました。 南部 私は音更生まれです。引っ越しはしておらず、ずっと同じ家にいます。今年4月に鹿追高校に入学しました。学校のある期間は学生寮で生活しています。外で遊ぶのが好きで、幼いころから木登りをしたりしていました。虫も好きで、公園でカブトムシやクワガタを捕まえて飼っていました。
※鹿追創生プロジェクト 阿久澤 私は26歳のときに然別湖畔に移住しました。住み始めた家はキャンプ場の小屋でした。その前5年間は東京でOLをしていました。山登り専門の旅行会社の添乗兼ガイドで、オフィスレディじゃなくて、アウトドアレディって呼ばれていました。移住のきっかけは、ツアーで出かけたカナダの山小屋でした。ガイドさんが小屋の管理をしていて、料理をして、ベッドメイキングもして、どこに行きたいかお客さんに聞いてくれて、案内をしてくれるのです。その土地に暮らしていて、ここのことが好きなんだ、という様子が伝わってくるガイドさんたちでした。それまでは東京を起点としてガイドしていましたが、私も自分が住んでいる「庭」のような場所を案内するスタイルに変えたくなったのです。本屋さんでいいところないかなと探していたら、然別湖ネイチャーセンターの記事を見つけました。手紙で働かせてほしいと頼み、住み込みで働いて、居つくことになりました。 南部 十勝が好きなのであまり考えたことはありません。でも、鹿追高校へはカナダ留学が出来ると聞いて進学しました。
※カナダ留学 最近のことを教えてください鳰 「ごはんや」をやっています。高齢者へのデリバリーからはじまったお店ですが、テイクアウトのお弁当も出しています。 阿久澤 昨日、お客さんと東ヌプカウシヌプリに登りました。その前は同じ人と、東雲湖に行きました。東雲湖に行くところにある然別湖の湾で「音更湾」というのがあるのですが、「おとふけ」という言葉が良いって言っていました。その方は地名が面白いようで、ヌプカウシヌプリを覚えようと努力しています。 南部 そういう最近の話だったら、夏休みになったので友達みんなで遊びたいです。それから、最近興味があるのは、インターネットで生配信する「歌い手」の人たち。浦島坂田船というユニットが好きです。幼いころからピアノを演奏していて、自分で音楽活動をやってみたいとも思います。 鳰 私が好きなアーティストはSMAP。その前は坂本九でした。自分が亡くなったら、坂本九のテープと芋団子とバターと一緒に弔って欲しい。坂本九が亡くなったときは泣いて泣いて、眼科にかかってしまうくらい泣きました。 三反﨑 今年、鹿追に24年居て、はじめて南ペトウトル山に登りました。阿久澤さんがSNSで登山の様子を紹介しているのをみて、登りたくなったのです。そんな急な山ではありません。登山道は倒木が多いのですが、整備された後で歩きやすかったです。登山道のある然別湖界隈の山では一番高い山で、全部を見下ろせます。白雲山にはよく登るのですが、白雲山からみるのとは違う角度の景色で感激しました。 南部 私も自然の中に行くことが好きです。野外炊飯やキャンプファイヤーをしたり。今年は日高青少年自然の家でカレーをつくりました。 鳰 最近、キャンプが流行っていますが、昔は川狩りっていいました。川で遊ぶことが川狩り。今でいう、川でのデイキャンプです。 阿久澤 そういうのを家族で出来ていたっていうのが羨ましいです。鹿追は自然が身近な町ですね。 三反﨑 私は子供のころはアウトドアなんてやらない家だったので、大人になってはまりました。 鹿追の自然やジオパークに思うこと三反﨑 私はジオパークの認定サポートガイドとして、ジオパークのお手伝いをしています。先日は夏の風穴ツアーを企画、実施しました。わからないなりに勉強しながらコケの解説をして、自分の学びにもなりました。ジオパークに関わって、自然を、その成り立ちからみるという視点を持つようになりました。道内の他のジオパークも気になるようになって、アポイ岳ジオパークに行ってかんらん岩を観察したりもしました。鹿追ってすごいんだなって改めて思えるようになりました。 阿久澤 とかち鹿追ジオパークでは推進協議会の副幹事長をやらせていただいています。「保全」「教育」「ツーリズム」という3つの部門にわけて、ジオパークの活動を進めています。その過程で、自然の抱える問題がいろいろあることも知るようになりました。最近は、天候の影響もありますが、山に倒木が増えました。人気が出て人が増え、登山道が荒れたり、植物が減ってしまうという変化も現れてきました。専門用語で「オーバーユース」、利用と保護のバランスが崩れてしまっていることが原因です。平野部にもジオパークの見どころがありますが、町外から人が来ることによって、鹿追で暮らしている人たちに迷惑がかからないようにしたいと思っています。また、鹿追を訪れた方たちがジオサイトとして紹介している見どころを安心して楽しんでいただけるように、保全に関わるメンバーと一緒に考えながら、整備やルールづくりを進めています。ジオパークには認定の時から関わらせてもらっていますが、ジオパークで繋がった人たちと一緒に行動できるところが、ジオパークの魅力だと感じています。 鳰 ジオパーク活動は町民を巻き込むと良さにつながっていきますね。鹿追がジオパークになって、ビジターセンターも出来て、然別湖畔のネイチャーセンターが下りてきたような、然別湖が近くなったような感覚があります。然別湖と平野部がつながりました。 三反﨑 鹿追では、学校で地球学をやってきたことがあって、自信を持って鹿追のことを話せる子が多いと感じます。これはすごいこと。地道にやっていくことも大事と思います。おうちで鹿追のことを話していて「然別湖行こうか」とかなると面白いですね。
※地球学 鳰 孫が然別湖畔のカフェムバンチのベーグルを食べたいって言ってきたことがあります。そういうことが大事。焼きカレーも美味しいです。 この先のこと、将来のこと鳰 社会福祉協議会でお世話になったので、そこでボランティアをやっています。ボランティアでは食事を作ったりしていますが、仲間たちが高齢化し、作る側から作ってもらう側になってきました。若い仲間を増やすことも考えなければなりません。60歳くらいになったら入ってもらえると嬉しいです。子育ての頃は、他所様の子供を大事にすれば、自分の子供も大事にしてもらえると思ってやってきました。今は、自分が高齢者向けのボランティアをすれば、自分の老後も救われる、という感覚があってやっています。 阿久澤 ジオパークでも大事にしている、持続可能な地域づくりにつながりますね。 南部 将来は医療関係の仕事につきたいと思っています。母が医療関係の仕事をしているのですが、母の姿を見てそう思いました。それから、十勝で暮らしていきたいです。一度東京に行ったことがありますが、都会と比べてみて、十勝の自然の身近さ、水のきれいさ、ご飯の美味しさを感じました。 三反﨑 鹿追では地域の人たちとお祭りとかイベントとか、一緒にいろんなことをやってきました。鹿追が好きで活動している人は多いのですが、うまくつながっていないと感じることがあります。ジオパーク活動がきっかけでつながることが増えたらいいな、と思います。最近は瓜幕の地域イベントでジオパークの出番をつくりました。どういう風になったら素敵な人たちがつながれるのかな。ジオパークがみんなをつなげるツールになったらいいな、と思っています。 鳰 そういうことだったら、ジオ弁当を作りたいです。みんなでお弁当を作って出かけたい。今回の座談会も、思いが伝わったり、つながる場になりましたね。 ※本記事は2021年7月に開催した座談会を元に構成しました。 |
2021.08.25 |
ジオパーク的写真映えスポット 風穴地帯のミズゴケ類
風穴を代表するコケはミズゴケ類です。風穴周辺の寒冷で比較的湿度の高い環境がミズゴケ類に適しています。永久凍土を研究する澤田結基博士(福山市立大学)によると、然別湖周辺では、凍土の分布とミズゴケ類の分布がおおむね一致しているとのことです。寒冷な環境がミズゴケ類を育むと同時に、コケのマットが断熱材となって凍土を守っているのかも知れません。 関連サイト 本投稿は広報しかおい2021年9月号掲載「ジオパーク的写真映えスポット 風穴地帯のミズゴケ類」を再構成したものです。 |
2021.07.27 |
対談「大地の公園」と「大地への筆触」(とかち鹿追ジオパーク専門員×神田日勝記念美術館学芸員)
広報しかおい2021年8月号掲載ジオパーク特集として、とかち鹿追ジオパークの専門員と、神田日勝記念美術館の学芸員による対談を行いました。本記事では、紙幅の都合から掲載出来なかった部分を含む、対談記事の拡大版をお届けします。 金森晶作(とかち鹿追ジオパーク 環境科学専門員) 川岸真由子(神田日勝記念美術館学芸員) 美術館とジオパークの共通点金森 神田日勝記念美術館のミッションについて教えてください。 川岸 神田日勝記念美術館は神田日勝の画業を顕彰する、つまりは広めることが目的です。その方法はいろいろあるんですよ。 金森 たしかに、展示している絵はいつも一緒ではないですね 川岸 展覧会によって絵の並べ方を変えたり、日勝の作品と一緒に展示する作品を変えたりします。色彩に注目するのか、形なのか、馬の描き方の変遷なのか、見て欲しいポイントを意識します。例えば、日勝はカラフルな作品もたくさん描いていますが、画家のあまり知られていない仕事や側面にスポットをあてる企画もあります。展覧会のストーリーをつくるためには制作背景の理解が必要です。関連資料の調査研究をして展覧会を企画しています。 川岸 日勝の作品を貸し出しているときなどは、完全に別の作家の作品展を行うときもあります。例えば、「水と魚、魅惑の世界展」(2021年6~7月)では、然別湖を愛する二人の作家、写真家の知来要さんと絵本作家の村上康成さんの作品を展示しました。その結び目には、釣り好きだった日勝が綴ったエッセイ「然別湖と釣り人達」があります。 金森 川岸さんのお仕事は、日勝の作品からストーリーを編み、展示する仕事ですね。実は、ジオパーク専門員の仕事も結構似ていると思っているんです。とかち鹿追ジオパークには、貴重な地形地質遺産があります。代表的なものは、国内最大級の風穴地帯となっている岩塊斜面と、その地下に点在している永久凍土です(※)。学術的な調査を通して、その価値を高めるのも大事なのですが、地球科学的な観点から、ストーリーを編み、伝えていくことも重要な役割です。とかち鹿追ジオパークのテーマは「火山と凍れ(しばれ)が育む命の物語」です。岩塊斜面は、火山活動によって生まれ、寒さと結びついて風穴地帯と貴重な生態系を生みました。また、鹿追の成り立ちは命からの恵みをもたらす基幹産業の農業とも結びついています。 (※)【解説】とかち鹿追ジオパークを代表する地質遺産が然別湖周辺の風穴地帯です。岩の隙間に氷が残り、夏の間、冷たい空気が吹き出します。場所によって、地下の氷が1 年中融けない永久凍土となっています。冷たく湿った環境がナキウサギやコケ類に代表される貴重な生態系を育んでいます。 ジオパークって何?川岸 そもそも、ジオパークって何ですか? 金森 実はそれは一言で答えるのが難しい質問なんです。美術館は、美術品を集めて並べる施設だって想像できて、そもそもの話から始まらないのが羨ましい。 川岸 多岐にわたりますが、金森さんの役割は? 金森 まず、学術調査や各種講座での講師など、学術的な専門性を発揮する仕事があります。加えて、鹿追の様々な営みを理解し、ジオパークとしてのまちづくりに位置づけることも大事な役割です。例えば、鹿追町では地球温暖化の対策が行われています。持続可能な社会をつくるためにとても重要なことですが、ジオパークとして、永久凍土等の貴重な地質やナキウサギが暮らす寒冷地の生態系を守る意味でも大切です。ジオパークの根幹にある地球科学では、長い時間をかけて地球に起こってきたことから今の地球の状態を見つめ、未来を考えることが出来ます。その視点から地域づくりに働きかけたいです。 節目の仕事金森 昨年は、日勝の没後50年の節目の年に回顧展を企画されましたね。 川岸 5年前に着任してから構想を抱き始めました。没後50年と鹿追町開町100年がちょうど重なり、また開幕一年前には、日勝をモチーフとした画家が登場するNHK朝ドラ『なつぞら』が放送されることにもなって、いいタイミングで開催することが出来ました。 金森 どのようなコンセプトで企画されたのですか? 川岸 日勝は、「夭折の農民画家」として神話化(伝説化)されている側面があります。作品より彼自身のドラマチックな生涯のほうが注目を集め、作品自体の分析はあまりされてきていませんでした。作品や資料に即して制作背景や同時代の美術活動との結びつきを調査すると、絵のモチーフと取り入れ方が明らかになってきました。地方の農村に身を置きながらも、どんな絵に憧れていて、どんな影響を受けてきたとか。回顧展では、日勝が影響を受けた画家の作品も展示して、戦後美術の流れの中で、日勝の仕事を捉えました。 金森 展示の構成はどのように組み立てたのですか? 川岸 全体のストーリーはありますが、まず作品をかっこよく見せることを第一に考えました。回顧展は鹿追のほか、札幌、東京の3会場で行ったんですが、各会場で広さが全く異なるため、基準としたのは東京会場(東京ステーションギャラリー)でした。どの位置に立つとどの作品が見えるかを会場に通って研究し、「展示ありき」で展覧会の作品リストや章立てをつくりました。これを基準に、鹿追は、東京に比べて会場が狭かったので、会期中に作品の入れ替えをしました。逆に、札幌の道立近代美術館は最も面積が広く、展示の骨子にさらに肉付けをして、数で見せる「オールキャスト」での展示で違いを出しました。 川岸 残念なことに、東京では、新型コロナウイルス感染症の影響で、予定の会期が縮小され、往来も自粛が求められる時期の開催となってしまいました。東京駅に「半身の馬」のヴィジュアルが大きく掲示されている光景を、もっと鹿追の方に見ていただきたかった。日勝は東京生まれなので、里帰りの意味もありました。 川岸 節目といえば、とかち鹿追ジオパークは今年、4年に一度の再認定審査だと聞きました。どのような審査があるのですか? 金森 はい、ジオパークプログラムには再認定という仕組みがあるのです。持続可能な地域づくりを求めているので、その状況を審査されます。一番の問いは「地域が考え続けた結果としてジオパークの活動が質・量ともに充実しているか」。前回再認定時に指摘された課題への対応をはじめとして、地域づくりにジオパークの考え方がどこまで浸透しているのかを問われます。審査は、提出するレポートと、現地調査を元に行われます。現地調査に関わる方々も、各地のジオパークの関係者です。現地調査は、審査されるだけでなく、より良いジオパーク活動の実践について、調査員の方々とも共に考え、学び合う場にもなります。 金森 最近は、鹿追で行われている様々な取り組みを、ジオパークとしてのストーリーに編集することを意識しています。その上で、鹿追の今を、審査に関わる人たちに伝えられたら、と。例えば、最近鹿追町が宣言した「鹿追型ゼロカーボンシティ」の取り組みは、永久凍土に代表される貴重な地質遺産を守る上でも重要なので、その点をアピールしています。また、基幹産業の農業は、火山や川の働きによってつくられたこの大地の成り立ちと密接に関わるので、畑についてのトークイベントを開催したりしました。その上で、鹿追の今を、審査に関わる人たちに伝えられたら、と思います。 金森 実は、とかち鹿追ジオパークは、ジオパーク認定を受ける前から、ジオパーク足る各種活動が行われてきました。この点は全国のジオパークの中で少し特殊です。例えば、然別湖周辺では、アウトドア事業者が、自然を保全しながら活用する優れた取り組みを行ってきました。農業や観光に関わる事業者による、自然や文化を楽しむグリーン・ツーリズムの取り組みも然りです。また、教育では、小中高一貫で行われる「新地球学」が2014年度まで行われてきました。ジオパークの要素を新たに耕さなくても、元々地域に備わっていたのです。最近も、ジオパーク活動とは異なる流れから、鹿追型ゼロカーボンシティの宣言が行われましたが、気候変動の問題は、ジオパーク活動でも大きなテーマです。ジオパークを発端としていない活動でも、ジオパークの考え方をうまく使うと、結び付けて考えることが出来ます。地球の営みから、私たちのことを考えるわけです。そして、そのつながりから考えると、個々の活動の意味や価値が増えることになります。 神田日勝記念美術館×とかち鹿追ジオパーク川岸 ところで、今回の対談は、金森さんからお声がけいただきましたが、どうして私と対談したいと思われたのですか? 金森 先日、日勝の回顧展に関する川岸さんの講演に参加しました。そのスライドで、神田日勝記念美術館の建物の紹介があって、ピンと来たのです。 川岸 美術館の外観は、鹿追から見える東大雪の山並みを模したデザインなんです。設計は建築家の廣田直行氏です。 金森 写真が出た瞬間に、あ、然別火山群とウペペサンケ山だ、と気が付きまして。そして、回顧展の名称が「大地への筆触」でした。「大地の公園」とも訳される、ジオパークと繋がると直感しました。 川岸 日勝は畑作農家です。職業画家とはバックグラウンドが異なります。描く手順は独特で、まるで畑仕事みたいなんです。ムラがなくて、一定の調子で、ブロックごとに筆をいれています。端から端まで同じ強さで、画面にメリハリや緩急がありません。馬(メイン)も空き瓶(サブ)も背景も、すべて同じ力で描かれますので、時には息苦しさも感じます。そしてこの手法こそが日勝の肌感覚に馴染んだ絵画制作方法だったのだと思います。鹿追の大地の成り立ち、風土が生んだ画家なのだと思います。 金森 日勝の在り方は、ジオパークと根っこが同じ気がするのです。回顧展のキャッチコピーに、「ここで描く、ここで生きる。」とありましたね。ジオパークプログラムは、自然風土を元に、ここで暮らす意味をつくるものです。また、ここで暮らす意味や意義をみんなで考えるものでもあると思います。 川岸 神田日勝記念美術館にとっても、日勝の作品を後世に残したい、という意識をみんなでつくることが重要です。 金森 ジオパークのストーリーで展覧会を編むことは出来そうでしょうか? 川岸 例えば気候で言うと、度重なる冷害と絵に込められた豊穣の願いとか。当時は今にも増して冷害との闘いの日々。不作に終わったこともあったといいます。その頃描かれた絵馬には、豊穣の祈りが込められていたのでは。それから十勝沖地震。神田日勝の奥様の話では、壁にたてかけていた大型の絵が倒れ、危うく娘さんが下敷きになるところだったとか。それがアトリエを構えるきっかけになったそうです。 金森 自然災害も、ジオパークの重要な話題です。展覧会にまで結びつけることは出来ないかも知れませんが、一つ一つの作品から語れることがありそうですね。 今後の展望金森 川岸さんは、今後、どんなお仕事をしていきたいですか? 川岸 回顧展で日勝の名前と、半身の馬のビジュアルが北海道をこえて知られることになりました。若い人にも楽しめるような、若いアーティストのコラボ等、企画の幅は広げたいです。そして、その都度、新しい日勝像を発見出来ればと思います。調査でもまだまだすることがたくさんあります。書簡も含め著述文をまとめたり、蔵書の分析調査もまだまだ研究の余地があります。日勝作品の図像の典拠についても、また新しいものが見つかるかも知れません。 川岸 金森さんは雪や氷が専門ですよね?私は北陸の出身で、雪といえば牡丹雪でした。六華の雪の結晶形を肉眼でみられることを知らなくて。だいぶ大人になってから知って感動しました。 金森 北陸でも条件が整った日には見られるはずですが、鹿追ほど頻繁ではないでしょうね。雪の造形は、私も見るたびに感動を覚えます。知らない人には、この先、知る感動を届けられる。私はそういう類の仕事をしたいです。これまで南極観測隊への参加など、なかなか他の人が出来ないことを経験をしてきました。着任するまで、あまり意識したことはなかったのですが、地球科学に関わりながら、自然の中に身をおいてきたのはジオパーク的人生だったと思います。特に、寒いところに行くことが多かったので、鹿追に来れたことは、うれしい巡り合わせでした。とかち鹿追ジオパークと、私が見たり感じたりしてきたことを繋げて、地球の息吹が伝わる仕事が出来ればと考えています。 (2021年6月に行った対談を元に構成) |
2021.07.26 |
ジオパーク的写真映えスポット 火山展望地
※本投稿は広報しかおい2021年8月号掲載「ジオパーク的写真映えスポット 火山展望地」を再構成したものです。 関連サイト |
2020.12.22 |
宝石のような雪「しもざらめ」
澤田結基(地球環境科学 博士)冬になると一面が雪景色になる北海道ですが、雪の深さは場所によってかなり違います。 内陸部にある鹿追町の雪は薄く、ふつうの年には50cmくらい。このくらい雪が薄いと、不思議な雪の結晶がつくられます。それは「しもざらめ雪」。六角形の雪とは違い、まるで磨いた宝石のような四角い形が特徴です。 この雪は、はじめから四角い形ではありません。 積もった雪が、厳しい寒さにさらされることで、少しずつ成長することでつくられます。つくられる条件となるのが、薄く積もった雪です。 雪の表面は冷たい外気にさらされますが、雪の底の温度は地熱の影響でだいたい0℃になります。 表面と底の温度差が大きいほど、また雪が薄いほど、雪の隙間にたくさんの水蒸気が発生します。この水蒸気が、雪の粒の周りで少しずつ「しも」をつくって成長したのが「しもざらめ雪」です。 冬なら、とかち鹿追ジオパークのどこの雪を掘っても、スコップからさらさらと滑り落ちる大きな雪の層がつくられます。そっと手に乗せて観察すると、きらきらと輝く四角い雪に気がつくでしょう。 |